BRIDGE (橋) | to the sky

BRIDGE (橋)

High Risk epidemiologyという、公衆衛生の中で、リスク(健康を阻害する度合い)の可能性が高い人たちにどのように介入したらよいかという授業を取っている。扱う分野は、アルコール、薬物、性交渉、自殺、いじめ、などなど幅広い。

他の授業でも自殺についてレポートを書いており、今回はメンタルヘルス(精神保健分野)の学期と名付けてもいいくらい。

クラスメートに勧められてBRIDGE(ブリッジ・橋)という映画を見た。
サンフランシスコにある、ゴールデンゲートブリッジという大きな橋での話。日本語では「金門橋」と訳されるらしい。ここは自殺の名所として知られている。ここに一年間、カメラを設置し、海に飛び込み自殺をする人やその周辺の人々(家族)を追ったドキュメンタリー。24人が2004年に飛び込み自殺を図り、そのうち1人が助かった。橋の高さが66メートルにも上るため、致死率は98%と言われている(確認されているだけで過去972人の飛び込みがあり、助かったのは19人と言われている

自殺の対策の一つに「means reduction」(自殺の手段を減らすこと)ということが挙げられる。男性の自殺手段の一位が銃であるアメリカでは、例えば、銃に規制をかけたり、日本でいえば、地下鉄のホームに壁が設けられたりなどが例である。限られた自殺対策への資金の元、この自殺の手段を減らすことでどれだけの効果があるのかないのか、また、ないとしたら他にどのような方法があげられるのか、どのような手段を組み合わせたら自殺率は減るのかなどが、授業の焦点である。

この授業ではディベート(賛成派と反対派に分かれて議論を戦わすアメリカらしい授業)が行われた。
「自殺の手段を減らしても、自殺をしたい人は何度でも繰り返すからそこに意義はない」という主張と、「自殺は、衝動的に行われるものだから、手段を減らすことで、自殺で亡くなる人を減らすことができる」という主張を戦わすために、双方が色々なところから「エビデンス」(証拠)と言われるデータなどを持ちより、議論する。

映画内では、24人の死(1人は未遂)をめぐって色々なストーリーが展開される。
自殺者のことを一時も忘れられない家族や、止められなかった自分を後悔する友人たち、何度も自殺したいと言う自殺者を最後は「もう構ってられない」とほおっておいたらそれが最後の留守番電話のメッセージだったと話す証言者。死んで楽になったからそれが一番よかったんだと話す者。

「自殺を実際にする人と、思いとどまる人の差って、すごく曖昧だと思う。死にたい、消えちゃいたいって思うレベルの辛いことはたくさんあるけど、ある人は、次の日太陽が昇ったら、今日は昨日とは違う日がやってくるんだから、って思える人もいれば思えない人もいる。なんだろうって思う」と話す人の言葉が印象的だった。(訳は全て私)

自殺をした人の声を聞くことはできないから、本当に本当に彼らがどう思っていたのか、何を考えていたのか聞くのは難しい。でも、生存者の声などを文献上たどると、「本当は生きたかった」という結論にたどり着くことが日米共に往々にあり、「自殺の手段を減らす」ことが、衝動的な自殺意図を減らす大きな方法の一つであると言える。でもこれだけでは解決はしなくて、何度も自殺企図を考える人に向けての対策も必要である。手段を減らすことが対処療法だとしたら、原因療法としての精神医療やメンタルヘルス、普及啓発の充実も合わせて行わなければならない。

不思議だったことが、
映画の中では、カメラを設置しているので、橋を行き交う人々が色々映し出される。
その中でも、「あれ、この人なんかおかしい。自殺しちゃうんじゃないか」って人は、全てその通りだった。テレビの画面を通してでも、「なんかおかしい」みたいなことがわかる。でも、案外、その友達の証言などでは「9年間彼を知っていましたが、彼がうつだと知ったのは半年前のことでした」みたいな、「(彼がそんなに悩んでいるなんて)今まで気づかなかった」ということがあったりする。

真剣に見よう、見抜こうと思ったら、何かおかしいと思える彼らのサインは、見抜けるのかもしれない。一方で、自殺したい人は、迷惑をかけたくないとの思いから必死で隠そうとするのかもしれない。そのようなやり取りの中で、彼らが少し、ほんの少し出すかすかなサインを見抜けないほど、人は自分の生活で精一杯な時もある。見ぬけたとしても、これ以上関わったら自分が持たなくなってしまうという恐れを持つこともあるだろう。映画では、「これ以上彼に介入したら、自分の(精神的な)限界を超えてしまうかもという恐れもありました」という友達の声など、とても正直な声が集められている。

このギャップをどう埋めたらいいのか。助けたいと思ったのに自分が助けられなかったという思いを抱えて生きる人、迷惑をかけたくないから友達に話せなかった人。パブリックヘルスの意義はそこにある。この手の届きにくいところに、どう手を差し伸べるか。

とても勉強になる映画だった。

最後に、英語になるけれど、自殺手段を減らすことについて深く考えさせられたニューヨークタイムズの記事

ちなみに、ゴールデンゲートブリッジは、自殺者が多いため、夜間の歩行禁止や自殺対策の啓蒙活動などが行われている。防護柵を設けることも検討されたが、費用がかかったり、柵を設けることで暴風時に影響があること等が懸念され、防護柵設置には至っていないとのこと。※

前のはないろでも書いたが、
自殺は、感染症(エイズ)や慢性疾患(がん、糖尿病などなど)色々な死因の中で、世界でトップ20のうちに入る死因となっている。この45年の間に、自殺で死ぬ人は60%も増加しており、性別や国、年代によっては、トップ3の死因に入ってくることもある。(WHO)
日本では、悪性新生物(がん)、心疾患、脳血管疾患、肺炎、不慮の事故、につぐ、6番目の死因にあげられている(平成18年度人口動態統計) 老衰や、腎不全や。肝疾患よりも、多いのである。この事実に向き合わないといけないと思う。


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